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川筋にあった並松(旧町内)



 ずいぶん昔のことです。名張川は今の名張の中心部、つまり町の中を流れとりました。道路工事や建設工事をしているとき、掘り下げた地面を見ると、川原の石や砂の層が出てきましてな。宇流富志祢神社の西側から鍛冶町、本町通り、元町から豊後町、木屋町、朝日町から大屋戸へと流れていたようです。もちろん、川は生き物と同じなので、洪水などのたびに、流れは変わります。はっきりとはわかりませんが……。
 鍛冶町から南町の西方寺にかけて、一直線にずらりと松並木があったそうですわ。昔には、その並木の松を利用して庭園にしている家が並んでおったらしいが、鍛冶町にあった栄林寺から火が出ましてな、名張が大火災になったことがありました。「宝永の大火」といわれる火事で一七一〇年、もう二百七十年も前です。この時に、並木の松も焼けてなくなってしまいました。
 かろうじて残ったのは、宗泰寺(元町)、西方寺(南町)、観音寺(朝日町)の老松と角喜の土蔵ぐらいだったそうですわ。数は少なくなりましたが松は、今でも「並松」と呼ばれています。
 下八町(今の東町)の川の堤にも大きな「八丁の松」という松が昭和三十年頃まであり、子供たちがその松の木に登って遊んでいる姿をよく見かけたものでした。たぶん、この辺りで現在の川筋となっていたのでしょうな。
話 朝日町のお年寄り


●宇流富志弥神社2008/3/18現在。携帯で撮影。


@宇流富志弥神社/正面鳥居


A宇流富志弥神社/案内1

B宇流富志弥神社/案内2


C宇流富志弥神社/鳥居から拝殿を望む


D宇流富志弥神社/清めの水


E宇流富志弥神社/御祭神


F宇流富志弥神社/鹿の彫像。境内右


G宇流富志弥神社/拝殿遠景


H宇流富志弥神社/境内右


I宇流富志弥神社/境内左


J宇流富志弥神社/拝殿の額


K宇流富志弥神社/境内左の建物。施主大阪備前屋


L宇流富志弥神社/境内左奥


M宇流富志弥神社/境内左奥。右の灯篭。


N宇流富志弥神社/境内左手前1


O宇流富志弥神社/境内左手前2


P宇流富志弥神社/境内左手前3。多賀大社遥拝


Q境内左手前4。八坂神社、市杵宮神社


R宇流富志弥神社/境内左手前5。稲荷神社、護国神社


S宇流富志弥神社/境内左手前6。白?明神、愛宕神社


21.宇流富志弥神社/境内左手前7。神武天皇遥拝、三輪明神

●宇流富志弥神社2008/5/1現在。携帯で撮影。


@宇流富志弥神社/一の鳥居1


A宇流富志弥神社/一の鳥居2


B宇流富志弥神社/一の鳥居3

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●栄林寺(鍛冶町)2008/3/6現在。携帯で撮影。


@栄林寺/遠景


A栄林寺/近景


B栄林寺/入り口左側


C栄林寺/観音堂(入って左側)


D栄林寺/庚申堂(入って右側)


E栄林寺/薬師堂(入って左側)


F栄林寺/本堂


G栄林寺/本堂額1


H栄林寺/本堂額2

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●宗泰寺(元町)2008/3/6現在。携帯で撮影。


@宗泰寺/南側より撮影


A宗泰寺/入り口


B宗泰寺/入り口左側


C宗泰寺/本堂全景


D宗泰寺/五重塔(本堂左側)


E宗泰寺/本堂の額


F宗泰寺/案内


G宗泰寺/案内

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●観音寺(朝日町)2008/2/29現在。携帯で撮影。


@観音寺/入り口


A観音寺/入り口左側


B観音寺/本堂

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