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簗瀬川の悲恋(平尾)



 奈良に都があったころ、名張の平尾あたりで「楯岡長者」がたいそう豪勢に暮らしておった。長者どんには「伊賀の国で一番」と呼ばれるほどに美しい十八才になる娘ごがいての。娘ごは伊賀大領国継という都のえらいさんと将来を約束しておった。長者どんの娘の相手としてはもっともふさわしい人だったんじゃ。
 ところがある日のこと、娘ごが朝廷のお屋敷につかえる采女に選ばれてしもうた。娘は悲しくて泣き叫んだそうじゃ。采女に選ばれると断わるわけにはいかんかった。断わればひどい仕打ちを受けるのじゃ。そやもんで娘ごは泣き泣き朝廷の後宮へ連れていかれたそうな。
 娘と国継の悲しみは相当のものじゃった。都へ行った娘は夜空に輝く星を見上げて、「早く国継さまのいらっしゃる名張に帰りたい。」
国継の愛を裏切った自分を情けなく思い毎日のように悲しみに暮れておった。
 そんなある日、娘ごはそっと後宮を抜け出したんじゃ。逃げたところでとうてい許されるものではないとは知っとった。でもそれを承知で抜け出し、名張の地に戻ってきたそうじゃ。
 娘は国継と来たことのある簗瀬川のほとりで渦巻く深い淵の流れを見つめ
「国継さま、一緒になれぬなら、せめて思い出のこの川で死んでいきます。」
とうとう身を投げてしもうた。これを知った国継も後を追って身を投げたんじゃ。二人を哀れみ、村人は二つの石塔を建てたそうじゃ。が、今では洪水で流され失くなってしもうた。
話 平尾のお年寄り

 簗瀬川という名は昔、川の流れの中にアユを捕るため、竹を組んだ簗を仕掛けたことから名づけられたそうです。平尾から新町橋あたりまでを指します。今も平尾と夏見の間の川中に大きな岩がありますが、以前は渦巻く深い淵だったそうで、二人が身投げしたところと伝えられています。

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