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せんがりの田(長瀬)



 長瀬村の人々は昔、長者ともども仲がよおて毎日、田畑に出て仕事に励んでおった。
 それは、ある年の一番暑い夏の日のことやったそうな。いつものように村の衆が、仕事に出てみると驚いたことに田んぼの水がすっかり干上がっていた。ひび割れがひどくて、とても米はできそうにないほどじゃ。
「こりゃあ、どえらいことや。何事が起きたんじゃろう。」
村の衆はもうびっくり。どうすればよいものかと、長者どんのところへ知らせに走った。
「長者さま、長者さま。えらいことが…。田んぼがカラカラになってしもうた。」
「それは困ったもんや。どうすりゃええんかのう。」
長者さまはみんなの顔を見渡し、腕組みをして考えていたそうな。
「田んぼの水が干上がってしもうては米がとれん。みなの衆、何かよい策はないものかのう。このままでは年貢も納められやんし、これからのわしらの飯も食えやんで。」
村中が集まって考えこんでおった時のことじゃった。どこからともなく、一匹の年老いたサルが長者さまの前に、ひょこんと座りこんで、
「どうしたんじゃ。こんなにぎょうさん集まって、何やら心配ごとのようじゃが。ひとつこの老いぼれに話してみんかい。力になれるかもしれん。」
自信たっぷりに言いおった。長者さまは天にもすがる気持ちで
「じつは、サルどんや、田んぼがごらんのとおりじゃ。どうにかならんかのう。」
「なんじゃあ、そんなたやすいことか。よし、わしに任せておけ。」
サルは、ポンと胸をたたいてまたどこかへ去って行ったそうな。
 そしてあくる日の朝。あまりあてにもしとらんかったが、長者さまが田んぼにきてみると、あるわ、あるわ。田んぼに水がたっぷり。そりゃあもう長者さまはびっくりぎょうてん。うれしくておどらんばかりに手を打った。そこへ昨日の老いぼれザルがひょっこり現れて、うれしそうにその様子を見ておった。
「どやな長者どん、水はちゃあんと入れてやったで。」
得意げに鼻をピクンと動かしたそうな。
「それにしても、いったいどないして水を入れたんや。」
長者様は不思議がるばかり。
 老いぼれザルが言うには、仲間のサルを千匹集めて、田んぼの下にある川の中にからだをつけては、田んぼの中でブルブルと身ぶるいし、それを何回もくり返して、ひと晩のうちに田んぼを水でいっぱいにしたそうな。長者さまは、サルに何度も何度も頭を下げて礼を言った。
 それからというもの、この田んぼのことを「せんがりの田」とよぶようになったそうな。それは、サルを千匹借りたので「せんがりの田」となったんじゃ。
 そこは、名張から長瀬へ行く途中にあって、いまでは広い茶畑になっているが「せんがり」という地名は残っとるんじゃよ。
話・北山常男さん(昭和五年生まれ)

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