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美旗古墳の伝説(新田・下小波田)



 昔々、美濃国(岐阜県の南部)の土岐氏の奥方様がな、大和の長谷観音にお参りしての帰り道のことやった。小波田あたりで奥方様の乗った馬が突然、前足を上げ暴れたしたんじゃ。
 そばにおった家来たちが暴れる馬を押さえようとしたんじゃが、どうしてもしずまらんかった。奥方様は血の気を失い、しがみついているのが精一杯。ついには振り落とされてしもうてな。地面にたたきつけられたんじゃ。それに馬は奥方様にかみついて、はなさんかったんやと。
 驚いた家来は刀で馬を切り殺してしもたそうじゃ。
 ところが、奥方様もそのまま死んでしもたんや。家来たちは、そのまま美濃国へ帰るわけにもいかず、その場で自害してしもうたそうや。村人たちは、高貴な人たちの思いがけない死を哀れんで、立派な墓を作るっていうことになったんやと。それで馬を埋めた墓を「馬塚」、奥方様を埋めた墓を「女郎塚」、男女の家来たちを埋めた墓を「殿塚」「貴人塚」というてな、持っていた宝物を埋めた所を「玉塚」、持っていた仏の毘沙門天を埋めた所を「毘沙門塚」と呼んでな、今でも伝わっているんじゃ。「小塚」は奥方様の子を埋めた墓ともいわれてるんじゃ。
 美旗古墳群は、全国的にも大規模な古墳群で前方後円墳が五墓、他に円墳と方墳がいくつかあり昭和五十三年一月に国の史跡に指定されたんですわ。
話・下小波田のお年寄り


●美旗古墳群2008/4/3現在。携帯で撮影。


@美旗古墳群の案内石碑


A美旗古墳群の説明


B美旗古墳群の地図


C美旗古墳群/馬塚


D美旗古墳群/馬塚の入り口

●美旗古墳群2008/4/20現在。携帯で撮影。


@貴人塚古墳の案内板


A貴人塚古墳1


B貴人塚古墳2


C貴人塚古墳/案内金属板1


D貴人塚古墳/案内金属板2


E貴人塚古墳/案内金属板3


F貴人塚古墳/案内金属板4


G貴人塚古墳/案内金属板5


H貴人塚古墳/案内金属板6


I美旗市民センター 綺麗な前方後円墳型です

●女郎塚2008/5/2現在。携帯で撮影。


@


A


B

●殿塚2008/5/2現在。携帯で撮影。


@

●毘沙門塚2008/5/2現在。携帯で撮影。


@


A


B


C

●小塚2008/8/1現在。携帯で撮影。


@小塚遠景


A小塚近景


B馬塚


C馬塚の案内板

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