風呂に入るお地蔵さん(丈六)
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「そんなばかなことがあるもんか。石で出来てる地蔵さまがひとりで歩いてどこかへ行ったとでも、いうんか。ワッハッハ。笑わすでないよ。」
隣りの人は最初相手にしなかったんやが、疑いながらも念のため一緒に道に出て見ると、いなかったはずのお地蔵さんがちゃーんとおるではないか。
「なんじゃあ、いるやないか。お前さん。どうかしとるよ。」
「いやあ、さっきは絶対いなかったんじゃよ。ほんまに不思議なことやのう。」
「お前さん、キツネに化かされたんじゃないのかい。」
「いや、絶対そんなことはねエよ…。わしが見た時はなかったんじゃ…。」
二人はキツネにつままれたような思いで帰って行ったのじゃった。
そんなことがあったとき、近くのお茶屋さんの家では、夜になると決って、
「こんばんは。すんまへんけどちょっと風呂に入らせてもらえまへんやろか。」
知らない人が訪ねて来るという不思議な事が起こっておっての。このお茶屋の家というのはそりゃあもうたいそう気のいい人たち。お風呂をもらいにくる人に、
「どちらさんか存じませんが、どうぞ風呂に入ってだあこ。」
気持ちよくすすめとったのじゃ。
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それからというものだんだんとこの二つの不思議な話が、村中に広まっていったそうな。村人たちが相談し合って、この不思議な話を確かめようということになり、お地蔵さんの前で番をしとった。あたりはだんだん薄暗くなって、日もとっぷり暮れたころ、
「あー、動いた。」
息をこらしていた村人たちは大声を出しかけた。とうとうお地蔵さんが動きだしたではないか。村人はもうだまっておれず、大声で、
「あー、歩きはじめたぞ。手も振っておる。エライこっちゃ。」
石で出来たお地蔵さんの足が、手が、見る見るうちに動き、だんだんその動きも大きくなっていったそうな。
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そしてとうとうゆっくり、ゆっくりと歩き始めたんじゃ。歩いているうちに、少しずつ、少しずつ、人間の姿に変わっていくではないか。これを見ていた村人はただ、ただビックリ。驚きながらもお地蔵さんのあとをつけて行った。しばらくつけると、お地蔵さんはいつものお茶屋さんの前で立ち止まり戸をトントン。
「こんばんは。すんまへんけど、お風呂に入らせてもらえまへんやろか。」
声をかけると、すぐにお茶屋さんへ入って行ってしもうた。
翌朝、うわさはたちまち広がり、お地蔵さんが人間に化けてお茶屋さんの家へお風呂をもらいに行くということが、知れわたった。ひとつこの眼で見たいものだとあくる晩、お地蔵さんの前はいっぱいの人だかり。するとどうしたことか、動く気配すら見せん。その夜からお茶屋さんに来なくなってしもうたそうな。
それからしばらくたって、石の地蔵とは知らずお風呂を使わせてあげていたお茶屋さんは、みるみる大金持ちになり、家族みんなが長生きしたそうな。嫁さんも来て幸せに暮らしたとかで、村人たちは、そのお地蔵さんを大事に大事におまつりし、「福寿延命縁結地蔵」いうて、今もお参りしていますとさ。
話・椋本 孝さん(明治四十一年生まれ)
青山 守さん(大正四年生まれ)
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