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仏が出た五衛門井戸(夏秋)



 わしの家には、深い大きな井戸がありましてな。元禄のころに「五衛門」という職人が掘ったんで、その名を取って「五衛門井戸」とわしらは呼んでおるんやわ。夏秋地区は山手にあるんで、井戸はそうとう深く掘らな水がわき出てきまへんねん。せやからこのへんでは、井戸があるのはここだけなんや。
 その井戸はな、深さが五丈三尺(十六メートル)もあって珍しいのでな、天王(中峰山にある天王神社)参りの人たちがよく立ち寄って、井戸の中をのぞき込み、つるべで水を汲んでのどをうるおしてからお参りをしたんですわ。
 それは、昭和の始めのことですんや。井戸替えの時、きみょうなことに井戸から高さ十センチほどの小さな仏様が出てきましてな。


「井戸の水がよくわき出ますように。」
五衛門が願いをかけ、仏様を井戸に投げ込んだらしいのや。このことがまたうわさになって、天王参りの人たちが薦生街道を通る時わざわざこの井戸に参り手を合わせて拝んで行ってくれたそうですわ。
 今もその仏像を「おだいす(大師)様」として大切にまつっておりますのやわ。井戸は、ひょうたん形になっていてな、たぶん五衛門さんは、大酒のみであったのかもしれんな。
 井戸をのぞき込むとものすごく深そうなんや。底もぜんぜん見えへんぐらいでな。わしのところじゃ、いまでも井戸をつかっとる。水は、そらうまい。きれいだしな。五衛門さんのおかげでずいぶん助かってますわ。
話・山本太郎さん(昭和三年生まれ)

▽元禄=一六八八年から一七〇三年まで。江戸時代。

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